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馬券購入の際の選び方

 

馬券に勝ち負けがつきものであることは自明の理ですが、できることなら「負け」を減らしたいと思うのが人情でしょう。
予想が的中して払い戻しを受ける快感は何物にもたとえることができないほどのよろこびがありあます。
ただし、払い戻しを受けるのは、完ぺきな予想をして100万円手にするのも、レース番号を間違えて100万円手にするのも、どちらも同じ「100万円」であることには変わりがありません。
もちろん、どんなに完ぺきに予想しても、マークシートを塗り間違えて違う目を買ってしまえば、その馬券はただの紙くず、すなわち「ハズレ馬券」であり、まるっきり展開も何もかもはずれる「ハズレ馬券」となんら変わりません。
このように、当たり、ハズレという「0か1か」というロジックの中で、我々競馬ファンは胸を躍らせ、悲嘆にくれるのです。
もしも1頭の「勝つ馬」がわかったのであれば、あなたはその馬の単勝馬券を買うべきです。
何しろ「わかった」のですから、単勝馬券を買えば、確実に払い戻しにありつけるはずです。
強力なライバルがいて、1着の自信はないけれど、2着は外さないと考えたなら、その馬を軸に枠連や馬連の総流しをかけるといいでしょう。
2着まではどうかだけれども、3着以内は外しようがないと考えるなら、複勝で勝負です。
このように、いかにして払い戻しにありつけるかを考えることも、長いスパンで競馬の収支を考えるときにはボディーブローのような効き目があるはずです。
ただし、3連単で総流しをかけたりすると、とんでもないほどの買い目点数に至ってしまい、しかもはずれる確率がベラボウに高いのが3連単という馬券の最大の特徴のひとつですから、これはカモがネギをしょって鍋の中に入るようなものですから、気をつけたほうがよいでしょう。
このように、ある一定の作戦を立てたからと言って、どの券種でも同じ買い方をするのではなく、券種によって買い方を臨機応変に変化させることも収支計算の上では非常に重要なことになります。
オッズだけから判断して魅力的なオッズに飛びつくのではなく、オッズは自分の買う馬がらみの数字がどの程度の払い戻しを受けるのかを測る指標程度のものであると考えておかないと、手を広げに広げた挙げ句、結局一銭にもならないという憂き目に遭ってしまうかもしれません。

 

2011年4月19日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:予想と馬券

サイコロジカル哲理

 

「オッズは人が操作するものだ」という意見をときおり耳にしますが、これは正しくもあり、そして同時に正しくないと考えるべきでしょう。
というのも、ここでいう「人」が「我々一般の競馬ファン」を指すのであればこの命題は正しいと言うべきですし、そうではなく「誰か特定の人物」を指すとすれば、これは間違いであると言わなければなりません。
ただ、「我々一般の競馬ファン」の購入手段を変えてしまうということは十分にありうることも忘れてはいけません。
ここには、ある統計学的見地に立って数学的根拠を成すことがらがあります。
統計学の分野で「サイコロジカル理論」と呼ばれるセオリーがあります。
これは、「サイコロを5回投げて、そのうち同じ数が4回出る」ということがらに対する期待の度合いを表す指標であると言えばわかりやすいでしょうか。
朝から競馬場に出向いて、たとえば1レースで「2-8」で決まったとしましょう。
そして、たまたま次のレースでも「2-8」で決まったとします。
そして迎えた第3レース。
1番人気が2番、2番人気が8番という枠順であった場合、その日とは別の日にこれらの馬たちの組み合わせが示す「2-8」よりも、この日の「2-8」のほうが高いオッズを示すことになるのです。
そこには「我々一般の競馬ファン」の「いくら人気でも、3回も連続で『2-8』で決まるはずがない・・・」という、馬の実力も騎手の力量もすべて度外視した、極めて統計学的な考えが不特定多数の馬券購入者に芽生えていることを示しています。
これがサイコロジカル理論です。
残念ながらこのセオリーを競馬に反映させることは易しいことではありません。
むしろ、「王道の予想」を駆使して馬券を的中させるほうが易しいと言えるかもしれません。
しかしながら、馬券を離れた「投資」では往々にしてこのセオリーが用いられていることも事実です。
こうした考えをいつの日か馬券に応用できるようになれば、そこにまったく新しい馬券論法を見出すことができるのかもしれません。

 

2011年4月18日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:出目

買うなら武豊買い

 

競馬の世界では、「馬」が主役であることは言わずもがなですが、「人」の存在も忘れてはならないことも競馬ファンであればよく理解できるはずです。
「忘れてはならない」どころか、馬に代わって人が主役になることも時としてあります。
そして、その「主役」となる人物として最もそれが似合う男が、競馬ファンであれば知らぬ人はいないというほどの天才ジョッキー・武豊騎手です。
武豊騎手クラスになると、競馬界はおろか、馬券は一度も購入したことがないという人でも武豊だけは知っているというくらいの著名人です。
彼に関しては、もはや「伝説」と言っても過言ではないはずです。
もちろん彼がそれほど有名になるのは、それだけの結果を残しているからに他なりませんが、その偉大さを示す数字をここでひとつご紹介します。
これは彼のすごさを示すと同時に、我々馬券ファンにとってもある意味のある重要な数字であるということを思い描きながらご覧いただきたいとおもいます。
その数字とは「連帯率36%・・・」です。
このあきれるほどの数字が叩きだされたのは、2008年の1年間という、極めて限定された期間です。
この数字が何を示しているかと言うと、簡単に言ってしまえば、「武豊騎手がレースに10回参加すると、3回~4回は2着以内に入る」ということを示していることになります。
これがどれだけ恐るべき数字であるか、おわかりいただけるでしょうか?
そして、我々馬券ファンにとって、あるひとつの「タクラミ」が思い浮かびます。
すなわち、「ずっと武豊の馬券を買っていればプラスになるのではないか・・・」ということです。
そして、実際その方法で馬券を購入している人も少なからず存在しています。
ただ、武豊騎手も人間です。
ロボットではない以上、この数字をキープできるとは限らないというのも本当のところです。
反面、これをさらに上回るような活躍を見せる可能性ももちろん同居しているわけです。
ただ、残念ながら、2011年現在では、やはりかつての武豊騎手の活躍は影を潜めていると言わざるを得ません。
そして、「武豊騎手が乗るだけで異常に馬券が売れる」という現象も手伝ってしまい、馬の実力以上に人気になってしまうケースも少なくなく、正直「お得感」はかなりの低めと言わなければなりません。
今後この数字がどう転ぶか――これは我々ファンもそうですが、何より武豊騎手自身が一番気になるところなのではないでしょうか。

 

2011年4月18日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:手法

馬券のバリエーション

 

「馬券が的中しない!」と嘆く競馬ファンはどの時代にも存在し続けるものです。
競馬を興行し、JRAに収益が生じる以上、「配当金」<「購入金額」という不等式が絶対的に成り立つからです。
しかし、「的中率」に関しては、人によってかなり大きく異なります。
この差異がどこに由来しているのか――そう、もちろん「券種」によって大きく異なるのです。
払戻よりも的中率を上げたいと考えるなら、一番的中しやすい「複勝」を買うべきですし、的中率は低くても「一攫千金」の夢を見るなら、「3連単」の購入をお勧めします。
という具合に、券種によって的中率も異なれば払戻金額も異なるわけです。
しかも、その「差異」は非常に大きくなります。
そこで、基本に立ち返る意味を込めて、ここで馬券(正しくは「勝馬投票券」)についておさらいしてみましょう。
一番基本的な券種は「単勝」です。
文字通り「勝ち」が「1つ(単)」の、勝ち馬を的中させる券種です。
そして、先ほど触れた「複勝」という券種もあります。
これは1着~3着に入ればどれも的中になるという、的中率はかなり高い券種です。
ただしその分配当は低くなるのが一般的です。
しかしながら、たとえば複勝オッズが1.1倍(110円)であっても、これを100万円購入すれば払戻は110万円となり、収支は「プラス10万円」となります。
時給に換算するとかなりの高給であることは言うまでもありません。
そして、複勝、単勝に次いで的中しやすいのが「ワイド(拡大二連勝複式)」です。
これは1着~3着に入った馬のうち、2頭の馬の組み合わせを購入すれば的中となる券種です。
そして、これに続くのが「枠連(枠番連勝複式)」です。
これは1枠~8枠までに振り分けられた馬の枠番で、2頭が1着、2着となれば的中です。
そして最大シェアの「馬連(馬番連勝複式)」は、1着、2着に入る馬の馬番を的中させる券種です。
この先は少し難しくなりますが、シェアが高いのは「3連複(馬番三連勝複式)」です。
これは順位に関係なく、上位3頭を馬番で的中させる馬券です。
そして一番的中が難しいのが「3連単(馬番三連勝単式)」です。
これは上位3頭の着順も含めて馬番で的中させる券種で、軒並み高配当となります。
そして、2011年4月から「WIN5(五重勝単勝式)」という、5レースの単勝をすべて的中させるという至難の業とも思われる券種が発売されます。
このように、どの券種が自分に最も適しているかを良く考えて馬券を購入するかを決定する作業も、意外と重要なファクターです。

 

 

2011年4月17日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:予想と馬券

ゾロ目

 

現在は券種も増え、馬単や3連複、さらには3連単をメインで馬券を購入するファンも少なくないと思うのですが、かつて、単勝、複勝に加え、枠連と馬連しか券種が用意されていなかったころ、「馬連よりも枠連のほうが高い配当である」という、特に「馬連」で的中させたときには理不尽な思いに駆られたことはないでしょうか?
1枠~8枠までの枠番で馬券を買う「枠連」に対し、馬1頭ずつに馬番を付し、その馬番で馬券を購入する「馬連」のほうが、同じ「的中」でもより高配当になるのは基本中の基本ですが、そうした極めて基本的な傾向が覆されてしまうため、せっかくめったにない「的中」の喜びをかみしめたいのに、「枠連で買えばよかった・・・」と、満面の笑みで喜ぶことができないのは何とも不条理です。
しかし、この「馬連<枠連」という不思議な不等式がどうして起こるのか、これは理不尽でも不条理でもなく、はっきりした数学的根拠に基づいた結果なのです。
配当の大小関係は、先にも述べた通り基本的には「枠連<馬連」となるわけですが、いわゆる「ゾロ目」が出現するとき、多くの場合その配当は「馬連<枠連」となります。
これはひとえに「確率的にゾロ目が出現しにくい」ことを表しており、その分「的中させるのが難しい目」となるわけであり、当然配当も高くなるわけです。
試みに、1~6までの目が出るサイコロを2回投げて出る「出目」の確率を考察してみましょう。
サイコロを2回投げて出る目の組み合わせは6×6=36通りであり、サイコロに特別な仕掛けがほどこされていない(つまり「同様に確からしい」)場合、その36通りについて、それぞれが出現する確率はすべて「1/36」となります。
しかしながら、「馬連」のように、「順番は無視」できる条件ではどのような確率になるかというと、(1回目,2回目)=(1, 1), (2, 2), (3, 3), (4, 4), (5, 5), (6, 6)と「ゾロ目」になる確率がすべて「1/36」であるのに対し、それ以外の組み合わせ;(1, 2)~(5, 6)ではすべて「1/18」となり、ゾロ目が出現する確率は、実に非ゾロ目の確率の2倍も出現しにくいことになるわけです。
この確率的な性質を馬券購入に応用すると、配当の面で多少なりともプラスを見込むことができるわけです。
さらに言えば「2レース続けてゾロ目になる場合」の確率の低さを考えると、これはかなりの上乗せが配当に期待できるのではないかという気がします。

 

2011年4月17日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:出目

シンザン記念ミステリー

 

みなさんは「名馬」というとどの馬を思い浮かべるでしょう?
「世界のホースマンよ、見てくれ!これが日本近代競馬の結晶だ!」の名セリフとともに三冠馬となり、その後も世界を股にかけて戦ったディープインパクトでしょうか。
それとも、完全無欠の皇帝・シンボリルドルフでしょうか。
はたまた、並みいる牡馬の強豪を蹴散らした女傑にして名牝のウオッカでしょうか。
人それぞれ、その心の中に「名馬」の記憶は刻まれるものです。
古くはシンザン。
彼が三冠馬となったのは、今から45年以上昔のことでした。
シンザンはすでに死亡していますが、サラブレッドの長寿記録を樹立したほど長生きの馬であり、シンザンの功績をたたえて創設された京都のマイルGIII戦の「シンザン記念」は、シンザン生前の、元気いっぱいだったころ創設され、新春競馬の定番となったレースです。
ところが、伝説の名馬の名をあしらったレースにも、シンザンにとっては決してありがたくないジンクスが存在します。
ここで、試みにみなさんに質問します。
シンザン記念を優勝した名馬を3頭挙げてください――
さて、回答に困ってしまう人も少なくないのではないでしょうか。
シンザン記念を優勝したタニノギムレットはダービー馬になりウオッカの父となったわけですから、これは紛れもない名馬でしょう。
しかし、他はとなると、回答に苦しんでしまいます。
そうなのです。
シンザン記念を勝ってしまうと、その後出世を阻まれてしまうというジンクスがあるのです。
そして、ここからがおもしろいのですが、シンザン記念にまつわるジンクスは、これだけにとどまらないのです。
シンザン記念を制し、その後GI馬になったのは、長い長いレースの歴史の中で都合3頭。
最初が後の天皇賞馬・エリモジョージ、次が安田記念を制したキレ者・フレッシュボイス、そしてダービー馬にしてウオッカの父であるタニノギムレットです。
時代も違い、タイプも違うこの3頭の間には一見、何ら相関関係が存在しないように思いますが、さにあらず。
実はこの3頭、「すべて11年周期で現れている」という不思議なジンクスが存在しているのです。
ということで、競馬ファンのみなさん、タニノギムレットがシンザン記念を勝ったのが2002年ですから、2013年のシンザン記念はにわかに「注目の出世レース」ということになるのは言うまでもないでしょうが、果たして・・・

 

2011年4月16日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:シンザン記念

予想と馬券の上手下手

 

競馬予想の上で重要視されるファクターはある程度限定されたファクターです。
そして、そうしたファクターをより正確に把握し、的確に駆使することでレース分析が成功するものです。
ただ、そのファクターが多ければ多いほどよいかというと、そこには一般性を失ってしまう部分もあると言わなければなりません。
したがって、中には「多くを知りすぎない」という考え方の予想論法も存在しています。
競馬ファンであれば誰もが一度は経験してきていると思われるのが、「レースの展開を完全に読み切り、軸馬を的確に導き出したにもかかわらず、馬券が的中しなかった」というケースです。
近年では3連単という券種が登場し、そのような憂き目に遭ってしまったというケースは少なくないのではないかと思います。
そして、そうした現象がちょくちょく起こってしまうという、ある種「不幸な人」のことを揶揄する「馬券下手」という言葉もあるくらいです。
しかし裏を返せば、「馬券下手」の人はそれだけ的中に近い予想をしていることにもなりますから、その意味では非常に不思議なことばです。
では、どうしてそんな「馬券下手」という薄幸な人種が競馬ファンの間には存在してしまうのでしょうか。
これは、自分の予想に自信があるからこそ起こってしまう不幸なのです。
すなわち、自信があるから買い目の点数を絞って、1点により大きな金額を投入するわけです。
そして、最後の最後に切った1点が的中であったということになってしまうのです。
人は学習する動物ですから、これに懲りて少額を高配当の馬券に広く散布してしまうと、今度は本命サイドで決着し、また的中ならず・・・と、そんな悪循環に振り回されてしまうことも少なくありません。
そうなってしまうと、「自分は馬券下手なのだ」と、考え方もマイナス思考になってしまうものです。
このように、バイオリズムを自ら崩してしまう可能性もあるわけですから、ある程度自分の馬券作戦にはポリシーを持って、普段買わない券種を買ったり、穴党から本命党へ(あるいはその逆)の乗り換えを頻繁に行ったりするのは、決して良い作戦とは言えないのではないでしょうか。

 

2011年4月16日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:予想と馬券

出目を考察

 

競馬をおもしろく、そして同時に難しくしているファクターがあります。
これは、競馬に関する「数字」です。
スポーツという側面においても、ギャンブルという側面においても、競馬に数字が必要不可欠なファクターであることは十分理解できることですが、しかしながら、それがあまりにも広い範囲(馬体重、時計、馬番、枠番、オッズ、配当、勝ち鞍など、すべて数字抜きでは語ることができません)で使用されるために、本来理路整然にまとめる役目である数字が、競馬独特のカオスを形成しているというのも動かしがたい事実です。
ただ、逆にそうしたカオスを逆手にとって競馬予想の論法として確立しようと考える人もいます。
これは言わば「出目の研究」ということができるでしょう。
そして、その研究にはある一定の成果(というほど大げさなものではないかもしれませんが・・・)がみられているというのもまた本当のところです。
すなわちその「成果」とは、目の前のカオスを事細かく分析するのではなく、その中のある部分だけを抽出して研究を進めることに成功した結果ということができるわけです。
この論法で最も優れていることは、「王道の予想」と呼ばれ、時として我々を助け、そしてその他の多くの場合我々を苦しめる予想ファクターがすべて取り払われているという部分です。
したがって、これは馬券というよりも、どちらかと言えば「ロト6」のような、確率論的な要素が大きくなる論法と言えるわけです。
ただし、「ロト6」などの純粋な「くじ」と違って、こちらは高々18頭の馬番の組み合わせ(枠番であれば8つの枠)ですから、的中する確率は思われているより低くはないのです。
したがって、トータルの収支に関して考えるとき、「王道の予想」で競馬的ファクターを駆使した場合よりもプラスの値が大きい、あるいはマイナスの値が小さいというケースは当然出現するのです。
しかも、意外なことにこの「出目に関する研究」は、非常に科学的根拠を大きく覆すことなく展開されている、ということは興味深い点です。
それによくよく考えてみれば、「出目」というのは、言い換えれば「枠順」に相当するわけですから、これは「王道の予想」のファクターも知らずにピックアップしていることになるわけです。
ということで、この「出目」に関する論法について、もう少し深く掘り下げて、よりロジカルに見ていきたいと思います。

 

2011年4月15日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:出目

ジンクスに信頼性はあるのか

 

競馬が「ギャンブル」というくくりでくくられると同時に、「スポーツ」というカテゴリの中に落とされるケースも少なくないことは、すでに競馬ファンの方ならご存知と思います。
そして、「真剣勝負」の舞台であるスポーツの世界では、真剣であればあるほど、説明のつかない不思議な現象が生まれることがあるということも、ファンはおそらくご存知でしょう。
競馬の世界では、我々馬券を購入する側にとってはもちろん「真剣勝負」であるわけですが、それ以上に、オーナーサイドや愛馬を送り出す陣営にとっては、我々以上に大きな「夢」を愛馬の背中に乗せているわけです。
そしてもちろん、我々や陣営の「夢」と騎手だけでなく、馬たちはお金という「現物」の重みを背中に感じながらレースで命をかけているのです。
そうした命がけの真剣勝負ですから、例によって「説明のつかない不思議な現象」が生まれることは至極当然のこと。
そして我々は、そうした現象を「ジンクス」と呼びます。
たとえば高校野球。
夏の甲子園のジンクスで有名なものがあります。
「49番目は勝てない」というジンクスです。
49番目に登場する高校は、そのほとんどが初戦敗退、そして、勝っても1つしか勝てないというジンクスがあります。
そうしたジンクスが、競馬の世界にもあまた存在しています。
有名なところでは、あのディープインパクトに関するジンクスです。
史上最強馬の呼び声高かったディープですが、ビッグレースでディープの2着に敗れた馬たちはみな「悲劇」に襲われているのです。
具体的に例を挙げてみますと、皐月賞2着のシックスセンス、菊花賞2着のアドマイヤジャパン、そして天皇賞・春2着のリンカーン、さらには宝塚記念2着のナリタセンチュリーはすべて故障を発症して引退を余儀なくされ、ダービー2着のインティライミは、直後に引退に追い込まれることはありませんでしたが、ダービー後に裂蹄を発症し、誰もが「足元が無事なら・・・」と思うような競走成績でした。
さらには、あの有馬記念でディープを破ったハーツクライも、その後喉の病気に悩まされ、結局その後は満足に出走することさえできなかったということですから、ディープと勝ち負けした馬たちにとってはまさに「災難」であったと考えられます。
他にも、今度は我々にとってより興味深い、馬券に関連したジンクスについても見ていきましょう。

2011年4月15日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:ジンクス

マニアックな手法?

 

「競馬の予想で一番重視しているファクターは?」と訊かれると、思わず答えに詰まってしまうファンは少なくないでしょう。
馬券検討する際には、レース展開をはじめとして、血統、脚質、そして当日の気配や馬場状態など、これらをまんべんなく注視しなければ馬券的中はままならないと考えるファンは少なくないはずです。
こうした言わば「王道の予想」で馬券検討を行う競馬ファンにとって、「どれか1つ」と言われてもその1つを選ぶのは非常に難しいことになります。
「王道の予想」を馬券検討のよりどころとしている我々一般的なファンに対し、まったく新しい予想観を持った人がいることは意外と知られていないことかもしれません。
そもそもギャンブルというカテゴリーでくくられる「競馬」の世界では、予想する側も実際に走る競走馬を送り出す側も、負けることが圧倒的に多いわけですから、それを承知でこうした「王道の予想」を根底から覆すような独自の予想観を持って勝負に挑むというだけで、我々凡人からすると少し尊敬のまなざしを向けたくなるというものです。
しかも、そうした予想が我々の一般的な予想をはるかに上回る的中率を叩きだしたとすると、これはもうちょっとしたセンセーションに他なりません。
しかしながら、実はそうしたセンセーショナルな予想家さんというのは考えられている以上に少なくないのです。
もちろんそうした「勝ち組」の予想家さんばかりでないことは、我々「王道の予想」を駆使する一般的ファンと同じで、中にはまったくの荒唐無稽な買い目を「予想」というラベルを付して豪語するという程度の予想もありますが、反面、完全論理主義者のような、高度な数学を駆使して予想を構築するケースも実際あります。
ネットがこれだけ一般化していると、そうした予想論法に出会うことも少なくありませんが、星の数ほども存在する予想の中で、どの論法がよりロジカルであり、また最適であるかを導き出すことは非常に難しいことです。
そこで、そうした興味深く、またおもしろくもある予想論法に関して特化し、いくつかご紹介してみようと思うのです。
また、これらとかかわりがあるメディアに関しても併せて触れてみようと思いますので、ご自身の予想が絶不調である、あるいは凡庸な「王道」にアクセントをつけたいとお考えの方はぜひご期待ください。

 

 

2011年4月14日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:手法

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